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1 目黒六か村絵図(「目黒筋御場絵図」の部分)  文化2(1805)年


目黒六か村絵図

「目黒筋御場絵図(めぐろすじごじょうえず)」は、文化2年に作成された、江戸近郊に設定された幕府の御鷹場の地図です。馬込・世田谷・麻布・品川一帯に設定された御鷹場を「目黒筋」と称しました。「地図では、村名は、品川領は青、世田谷領は白と色分けされた楕円の中に書かれています。その他、御膳所・街道・寺社・大名屋敷等も記載されています。」(国立公文書館ホームページより) 原図は、国立公文書館のホームページ(少々見づらいですが)で見ることができます。原図サイズ:東西255cm×南北187cm

当時、目黒六か村とは、三田村、上目黒村、中目黒村、下目黒村、碑文谷村、衾村の6村をいいました。地図に表記された文字は不鮮明なため判読がなかなか難しいですが、「上目黒」「中目黒」「碑文谷」「衾」などの地名のほかにも、「目黒川」「品川用水」、「祐天寺」などが判読できます。なお、御鷹場は目黒筋の他にも、葛西筋、戸田筋、岩淵筋、中野筋、品川筋があり、目黒筋を含め全部で六筋ありました。この六筋を記載した絵図「江戸廻り六筋御鷹場絵図」(六筋がきれいに色分けされています)が「目黒区史」の「近世 第2章 鷹場と目黒六カ村」に収録されています。また、鷹場、鷹狩りの歴史や当時の状況などについても詳しく記述されています。

この画像は、内閣文庫所蔵の原図を「目黒区史 資料編」の付録を採録したものを利用しました。
書誌番号B10750306(「目黒区史 資料編 第2版 1972年 )
   (参考文献:「目黒区史 第3版」目黒区刊 1970年、「江戸東京学事典」 三省堂刊 1987年)